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高千穂教育の源流

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高千穂大学としての第一歩

本学園は明治三十六年高千穂小学校開校以来、世紀にわたる歴史を有する。そして大学は大正三年に我国最初の私学の高等商業学校としてスタートし、その後商科大学へ昇格し、また平成八年には大学院を開設した。

平成十三年四月、本学は商学部に加え経営学部を開設し二学部の大学となり、この新学部発足にあわせて校名を「高千穂大学」として新たな歴史の第一歩を踏み出すこととなる。

大学名変更を機に、従来の学風の指針としての「常に半歩先立つ進歩性」、そしてその目標である平和的国際人、気概ある常識人、偏らない自由人とその原点である校章に刻まれた稲に象徴された知(知性)、鏡に込められている徳 (まごころ)、鶉(とび)が表している体(勇気)、それぞれがもつ意味を、高千穂のTと組み合わせシンボルとした。

創学の時代

高千穂小学校を東京府豊多摩郡大久保(新宿区新宿7丁目)の地に創立した川田鐵彌先生は、土佐=高知の出身で、東京帝国大学文学部を卒業後、文部省、陸軍幼年学校に奉職されたが、将来の国家のことを考え、私塾高千穂塾を開き、当時の有力者の子弟を家族的に教育された。これがのちに本学園の教育方針の一つとなる少人数による家族主義的教育共同体の基である。

また、川田先生は大学において漢文学を専攻し儒学に対し特に造詣が深く、教育に対する考え方の根底には「理想的な私立学校でなければ為しえない模範的な教育を独自の教育として行なわんとするもの」があった。

一方国際性のある教育にも心を向け進歩的色彩を持っておられた。各国語による国歌の歌唱、外国人教師の受け入れなど、先進的で国際主義であることのあらわれとみることができる。また当時としては珍しく男女共学で、かつ男女共に制服は洋服であった。

高千穂大学 入試課

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